書評『日本一のローカル線をつくる‐たま駅長に学ぶ公共交通再生』

○書評『日本一のローカル線をつくる‐たま駅長に学ぶ公共交通再生

日本一のローカル線をつくる

 本著は、岡山電気軌道の社長である小嶋光信氏が、慢性的な赤字経営から廃線の危機に瀕していた南海貴志川線を和歌山電鐡として蘇らせたストーリーについて書かれている。ローカル鉄道の活性化・復活を記した著書や論文は多数見かける。筆者も『地域で守ろう!鉄道・バス』学芸出版社(2012年1月)では、市民の視点から和歌山電鐡について述べている。そのため本著は、経営者の視点、特に労使関係なども含めて検証している点が他の文献とは大きく異なる。それゆえ労使関係が悪かった中国バスを再建した事例など、労使関係に悩みを抱えている経営者に方々にもお薦めできる一冊である。

 本著では、規制緩和後の公共交通を取り巻く経営環境の悪化に力点が置かれているように感じた。2002年2月の道路運送法の改正による需給調整規制の撤廃後は、多くのバス事業者の経営は悪化しており、新車購入が非常に困難であるだけでなく、バス停の改善(上屋やベンチの設置)すら、困難な状況にある。従来はバス会社にとれば利益率が良かった高速バス事業にも、「ツアーバス」という形態で高速バス事業に参入してきているため、会社存続のために不採算路線などから撤退しなければならなくなっており、小嶋社長は「規制緩和は失敗であった」と述べておられる。

 確かに小嶋社長の言うように規制緩和には、行き過ぎた面もあり、タクシーのように規制緩和に馴染まない業界もある。また「ツアーバス」という形態で高速バス事業に参入することは、路線バスは道路運送法が適用されるのに対し、「ツアーバス」は旅行業法が適用されるため、公平かつ公正な競争になっておらず、小嶋社長だけでなく、筆者も問題視している。詳細は、『ブルートレイン誕生50年-20系客車の誕生から、今後の夜行列車へ』の第7章に書いた。筆者は、規制緩和に関しては、学会も含め「賛成」「反対」の議論に終始しているように感じており、「規制緩和を行い市場原理を入れるということは、社会的規制を強化することである」と考えている。そのため国交省の監督責任が増したと考えると同時に、「安全性やサービス水準が低い事業者は、市場から淘汰される仕組みが必要である」と考えており、規制緩和が絶対に間違っているとは思っていない。サービス水準の低い事業者が運行する路線バスは、利用者の評判が悪い。そのような場合、自治体が公募を行い、事業者を変えるなどを促す必要がある。

 さらに小嶋社長は、「補助金漬け」が公共交通を衰退させたという旨を述べておられたが、今日の日本では運賃収入だけで公共交通の経営を維持することは、大都市圏を除けば非常に困難になりつつある。従来のように儲かっている路線の利益で、不採算路線の損失を補填する内部補助は、所得再分配を行う上で問題があるだけでなく、これを成立させようとすれば運賃を値上げしなければならない。黒字路線の運賃を上げるとマイカーなどの私的交通手段に対する競争力を奪うことになる。行政としては、事業者が内部補助を行って不採算路線を含めたユニバーサルサービスを提供して欲しいのが本音であるが、このような制度は崩壊していると言っても過言ではない。

 そこで小嶋社長の言うように、「公設民営」や「公有民営」などが不可欠になる。路線バスを「公有民営」とする場合、バス停やバスロケーションシステムなどのインフラ面だけでなく、車両も公が所有するようにしなければ、地方では排ガス規制の基準を満たしていない老朽化した車両を何時までも使わざるを得なくなる。このような車両は、低床式になっていないため、高齢者などは乗降がしづらい。運行を民間が担うようにさせることで、「公的領域」と「民間領域」の責任分担が明確化する。

 ただ「公有民営」で路線バスを運営するとしても、運賃収入だけで路線バスを維持することは困難である。企業や病院・商店などからの協賛金が得られるのであれば、これらを活用する方法もあるが、過疎地などではそれも難しく、補助金を入れざるを得ないだろう。

 その場合も、ただ単に補助金を入れるのではなく、事業者と行政、利用者(NPO、自治会など)が協議会で話し合いを行い、経営効率化を担保させながら補助金の際限ない拡大を防ぐべきである。そしてNPOには、「交通仲介層」として事業者と利用者の間に入り、少ない費用でより良いサービスが提供できる環境整備を担って欲しいと思っている(『都市鉄道と街づくり』を参照)。このような仕組み作りが今後の課題である。

 筆者は、需要の少なくなった地方のバス事業者が、お互いに競争していては体力を消耗するだけであるため、航空会社が行っているように共同運航(運行)という考え方を採り入れるべきだと考える。運賃(回数券・定期券も含む)やバス停を統一すると同時に、各社がバラバラであったダイヤを1つにまとめ、均等で分かりやすいダイヤに再編を行い、利用しやすくしなければならないと考える。小嶋社長が書いた著書のため、供給者側の論理で展開されるのは致し方ない面もあるが、利用者側の視点も可能な限り入れて欲しかったと思っている。その点が残念でならない。

  『地域で守ろう!鉄道・バス』学芸出版社(2012年1月)は、市民側(利用者側)の視点で書いているため、公共交通を再生するには、『日本一のローカル線をつくる‐たま駅長に学ぶ公共交通再生』と合わせてご一読して頂くことをお薦めしたい。公共交通の再生には、「官」「民」「共(NPOなど)」の連携が不可欠である。(堀内重人)